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2026/03/27 18:00

あれを日本に持って帰ったら
炭鉱夫たちのオーバーオールは、当然おしゃれ着ではありませんでした。
土や煤にまみれ、汗を吸い、酷使されるための服。
丈夫で、動きやすく、仕事のために必要な形をしていた。
今で言えば当たり前に見えるかもしれませんが、
そこに商売の可能性を見たこと自体が、非常に鋭かったのだと思います。
ゑきは、その姿を見て考えます。
「あれを日本に持って帰って商売にしたら、当たるのではないか」
この発想が面白いのは、流行や見栄えではなく、
働く人の服に可能性を見ていることです。
のちに山本被服がユニフォームメーカーとして歩んでいくことを思うと、
この時点ですでに、一本の線が引かれていたようにも見えます。
ゑきは、炭鉱夫たちに広く着られていたストロングホールド社のオーバーオールを取り寄せ、分析を始めます。
圧倒的な行動力と執念です。
ただ形を真似するのではなく、同じクオリティのものがつくれるように研究します。
生地のこと、縫い方のこと、着心地のこと、耐久性のこと。
どこまで細かく見ていたのか、すべてが記されているわけではありません。
でも、取り寄せて分析し、自ら再現しようとした。
その事実が、後の成功を物語っているようにも思います。
しかも、なんと1枚ずつ手作業で縫い始めたのです。
日本最古のデニムにつながる出発点が、ここにあります。
最初から大きな工場があったわけでも、
大量生産の仕組みがあったわけでもありません。
まずは人の手です。
目で見て、ほどいて、考えて、縫う。
そんな地道な積み重ねの先に、
STAR OVERALLの輪郭が少しずつ立ち上がっていきました。
1923年、STAR OVERALLのはじまり
出来上がったオーバーオールに、ふたりは名前をつけます。
「スターオーバーオール」
この瞬間、ただの作業着ではなくなったのだと思います。
もちろん、服としての役目は最初から作業着です。
ただ、名前がついたことで、
その服には2人の意思が宿ったのではないでしょうか。
ゑきは、そのオーバーオールを現地の炭鉱夫に売り歩き始めました。
これもまた、ゑきの事業家としての才覚を感じさせるエピソードです。
作って終わりではない。
自分の足で届ける。
必要としている人のところへ自ら持っていく。
その積み重ねの中で、評判は徐々に広がっていったようです。
スターオーバーオールは、人気ブランドとして広く使われるようになります。
そして1923年、ロサンゼルスで、STAR OVERALL MFG CO.を創業します。
日本人が始めたデニムブランドが、アメリカで誕生した瞬間です。
ここが、この物語のたまらないところです。
日本最古のデニムと聞くと、日本で生まれた話だと思いがちです。
ところが、始まりはなんとアメリカだったのです。
しかも、異国で必死に働いた夫婦が、炭鉱夫の作業着に商機を見出し、
自分たちの手で研究し、つくり、売って、名前をつけた。
名誉のために「夫婦」と表現しましたが、僕はあえてこう言いたいです。
日本最古のデニムは、100年前に女性起業家がアメリカで生み出していた。
これがSTAR OVERALLというブランドの、歴史の、面白いところです。
夫婦の努力の積み重ねが 後にひとつのブランドとして残り、
いま僕たちが向き合っているSTAR OVERALLへとつながっています。
工場で話を聞いていると、
「結局、最初から変わってないよね」
と言う人がいます。
現場で使われるものを、ちゃんと作る。
それだけだ、と。
その言葉の意味が、少しずつわかってきました。
次の話では、ふたりはついに日本へ戻ります。
アメリカで始まったこのオーバーオールが、
日本でどう受け入れられていくのか。
ぜひ、続きもお楽しみに!
STAR OVERALLが気になる方は・・・
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