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2026/06/11 17:22
こんにちは!
日本最古のデニムブランド「STAR OVERALL」の広報担当Mです。
前シリーズ「日本最古のデニムブランド物語」では、いかにして沼津から「日本最古のデニム」が生まれたのか…100年の歴史をたどってきました。
前シリーズのお話はこちら
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【日本最古のデニムブランド物語】1/5:とある夫婦の話から始まる、日本最古のデニムの原点
【日本最古のデニムブランド物語】2/5:アメリカで生まれた、日本人のデニムオーバーオール 【其の弌】 / 【其の弐】
【日本最古のデニムブランド物語】3/5:100年前、日本に「デニム」を持ち込んだ人たち
【日本最古のデニムブランド物語】4/5:消えたブランド、続いたものづくり
【日本最古のデニムブランド物語】5/5:100年後に復活したSTAR OVERALL
今回からは「STAR OVERALLのこだわり」と題して、
復刻…つまり100年前の再現にこだわっている部分や、ブランドとして大事にしている部分をご紹介していく予定です。
数ある服のなかで、なぜこのブランドは「オーバーオール」から始まったのか。
おしゃれだったから、ではありません。
そこにはきちんとした原点がありました。

「炭鉱夫の作業着」がすべての原点
話は、創業者の山本彦太郎とゑき夫妻がアメリカにいた頃にさかのぼります。
明治の終わり、台風で家の財産だった牛馬をすべて失った彦太郎は、職を求めて単身でアメリカに渡り、炭鉱夫として働き始めました。
けれど慣れない異国の環境で思うようにいかず、次第に日本への送金が途絶え、夫の安否が心配になった妻ゑきは後を追い渡米します。
再会した彦太郎は、すっかり気落ちしていたといいます。
ゑきは彼を励ましながら、自分は洗濯婦として働き始めました。
そのまま夢中で働いて、10年。
その10年のあいだ、ゑきがずっと目にしていたものがあります。
炭鉱夫たちが着ている作業着です。
それは、特別な服ではありませんでした。
当時のアメリカで、炭鉱夫の多くが着ていた服「オーバーオール」です。
オーバーオールは、その丈夫さと実用的な作りから、労働者や農夫、鉱夫に選ばれていた服でした。
畑にも、坑道にも、線路の上にも、同じ形があったようです。
流行ではなく、実用性から広まった、当時の労働者のユニフォームだったと言っても過言ではないでしょう。
実は「オーバーオール」という名前が、用途そのものを指しています。
この服は、作業のあいだ、着ている服の上から羽織って、それを汚れや傷みから守るために作られたものでした。
着飾る服ではありません。
今では法人向けのユニフォーム・作業着を事業の主軸としている山本被服ですが、その原点がオーバーオールだったのです。
日本最古のデニムブランドとして、いわゆるアパレルの開拓者だったのではなく、ユニフォームメーカーとして、結果的に「デニムのオーバーオール」から事業を始めた。
というのがSTAR OVERALL。そして山本被服のはじまりです。

そのため、本シリーズ「STAR OVERALLのこだわり」はもちろんのこと、山本被服という会社としての価値観も、ゑきがオーバーオール事業を立ち上げた頃から受け継がれている部分があるのです。
現場に寄り添った設計のオーバーオール
なぜ、ここまで働く人に選ばれたのか。
理由は、その機能性にありました。
胸あてには道具や小物を入れておけて、それでいて体は自由に動く。
オーバーオールの胸あては、工具や細々したものをしまっておく場所でした。
肩から吊る構造なので、腰でベルトを締めなくていい。
重い物を持つたびに腰を締めつけられることもない。
一日中、かがんで、立って、また持ち上げて。
それを繰り返す人間にとって、腰が自由だということは、大きな意味があったはずです。
力のかかる場所には、金具が打たれていました。
道具の重みでポケットが破れないように、縫い目の弱いところを留めておく。
毎日酷使される前提で、壊れやすい一点をあらかじめ潰してある。
働く現場を起点に考えられた機能ばかりです。
オーバーオール史としては、ちょうどSTAR OVERALLが生まれた頃に、一つの完成形へ近づいていきます。
胸あてが一枚布で下までつながった古い作りから、上下を別々に裁って縫い合わせる作りへと、1910年代の後半から1920年頃にかけて移っていきました。
ゑきが作業着に本腰を入れて目を向けたのは、渡米からおよそ10年、ちょうど1920年代の初め。
オーバーオールが「働くユニフォーム」らしく仕上がっていく、まさにそのタイミングで参入したと言えます。
お洒落よりも、とにかく現場に寄り添った服。
当時のオーバーオールに込められた想い・設計を、あえて現代の復刻版STAR OVERALLでも忠実に再現を図っています。
だからこそ、今STAR OVERALLを手に取ってくださる方の中には、バイク・キャンプなど動く・汚れるを伴うアクティビティの中で愛用されるケースが多いのだと思います。
汚れても気にならない青
STAR OVERALLが立ち上がった当初から、青いデニムのオーバーオールの原型がありました。
デニムは丈夫な綾織りの生地で、19世紀半ばには使われ始め、19世紀後半には作業着の定番になっていったとされます。
畑でも炭鉱でも、安く、手に入りやすく、どんな体格にも合う。
安くて頑丈だった、ということもあるようです。
色にも理由がありました。
藍で染めた生地は、汚れや鉱物のしみが目立ちにくい。
おかげで洗う回数を減らして、長く着続けることができました。
毎日洗えるわけでも、何着も持てるわけでもない人たちにとって、汚れが目立たないことは、それだけで立派な性能だったのです。
そのうえで、動きやすく、よく耐える。
デニム生地は、馬上でも動けるしなやかさを持ちながら、日々の作業に耐える丈夫さがあり、20世紀の初めには、多くの働く人たちが愛用した生地です。

こういった歴史的背景もあり、STAR OVERALLは長く愛用いただき経年劣化を楽しんでいただくことを目指しています。
かつて労働者の日々の頑張りがオーバーオールに刻まれていたように、自分だけの色の落ち方、アタリの風合いなど、楽しんでいただきたいと思っています。
100年前の想いと歴史を、今も紡いでいる
ここからが、このブランドの少し変わったところです。
ふつう、これだけ古い服なら、現代の体型や好みに合わせて作り直します。
その方がアパレルとしては売れるのかもしれません。
けれどSTAR OVERALLは 、ゑきが持ち帰ったあのユニフォームを、できるだけそのまま再現することにこだわりました。
胸あての高さ、ステッチの入り方、布の選び方など、文字通り復刻を目指したのです。
そんな手間のかかる道を選んだのには理由があります。
山本被服が、創業から100年、ずっと「働くための服」を縫い続けてきた会社だからです。
アメリカから戻った後、STAR OVERALLは一度途絶えますが、自社工場でのユニフォーム事業からは一度も離れていません。
誰かが毎日着て、毎日酷使する服を、ひたすら作ってきました。
だからこそ、当時の「働く人」のために作られたオーバーオールを、忠実に再現したかったのです。
STAR OVERALLは、山本被服としてはチャレンジとなる、一般の方向けのブランドとなります。
それでも、流行よりも、歴史を紡いで当時の工夫・機能を再現することにこだわりました。
休みの日に外で過ごす人や、作業の際に着ていただいても、体は自由に動いて、少しの汚れは気にならず、使い込み洗うほどに自分の色が出てきます。
かつて、毎日酷使することを想定して設計された服だからこそ、経年劣化をお楽しみいただきやすいアイテムだと言えます。

STAR OVERALLは、誰かがおしゃれに目覚めて始めたブランドではありませんでした。
働く人の毎日から生まれた一着。
そのルーツを動かさずに、今日も沼津で縫っています。
STAR OVERALLは、新しく作られた古風な服ではなく、100年前からの歴史を纏い、自分だけの歴史を刻んでいけるデニムブランドなのです。
とはいえ、「そのまま再現する」というのは、口で言うほど簡単ではありませんでした。
次回は、その「再現」の裏側に注目してみたいと思います。

実物の生地や縫い目を見てみたい方は、こちらからどうぞ
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